空飛ぶ馬

空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)
北村薫の記念すべきデビュー作。
出た当時はまだ覆面作家で、女子大生かも?なんて憶測も飛んでいたそうです。

織部の霊」

加茂先生のお人柄の良さが作品全体に渡っていて、温かい気分になれます。

「円紫さんと私」シリーズは、はっきり言って、ミステリというよりは主人公の成長物として私は捉えています。特に「私」は、あまり世間の汚いところに触れていないので、いろいろな事件でそういうところを垣間見て成長していく話だと思います。「織部の霊」では、《加茂先生の叔父さんが奥様を亡くした時、奥様の着物を噛んで泣いていた》というシーンがあって。あまり美しくはないが、男女の深い絆を感じられるエピソードで心に残りました。

「砂糖合戦」

「私」が、渋谷の喫茶店で、ある悪意に出会う話。

人が大切に大切にしてるモノを嘲笑する権利なんて誰にもないはず。また、それを咎められたからといって、仕返しするなんてもってのほか。でも実際には、そんなこと軽くできてしまう人もいる。ちょっとぞっとしてしまうけれど、最後は喫茶店のご主人の暖かみに救われるので、読後感は悪くないです。

ところで、北村薫氏、シェークスピア好きなのかしら?覆面作家シリーズにも、シェークスピアについて語るシーンがあるけど・・・?

文庫版の解説に「女性に人気のある作品」って書いてあったけど、別にそんなことないぞ?

「胡桃の中の鳥」

胡桃は、くるみ、と読みます。《過酷な運命の中の弱小なるもの》を象徴している言葉です。

このお話で、「私」の友達、正ちゃんと江美ちゃんが登場。学生らしい、明るい空気が伝わる作品です。キリリとした正ちゃんが一般的には人気があるんだろうけど、私は江美ちゃんの方が好き。理由は、色白でぽっちゃりしてる、とか、中高吹奏楽部でクラリネットを吹いていた、とか、なんとなく自分に近いものを感じたからです・・・すいません、下らん理由で。

温泉に行ってのんびりしたくなる作品です。稲花餅食べたい(笑)

「赤頭巾」

この話が、「空飛ぶ馬」の中で1番好きです。「私」がまたも出会う人間の悪意、決して美しくない男女の仲を描いています。

自分が好きな人は、性格良いと思いたいよね。自分の人を見る目を信じたい。それから、恋愛って美しいものだと思いたい。誰でもこんな理想をもっていると思います。でも、世の中、そんな風に綺麗なことばっかりってわけにはいかない。特に、森長さんが、奥さんの前で暗に浮気していることをひけらかすところは痛かったです。

「空飛ぶ馬」

最後に表題作。とっても心が温まる、冬なのに(冬だからこそ)ホッとできるマグカップから漂う湯気みたいな作品です。

「赤頭巾」で裏切られた(裏切られたという言い方は正しくないな、向こうは裏切るつもりはないのだから。こちらが勝手に抱いていた理想の恋愛を覆されたって感じかな)男女の仲が、この作品ではとても健全な方に向かっていて一安心。《女の子がお風呂に入る描写》が上手い!北村薫、女性だと間違われたのもうなずける出来です。